第三話 ひとりきり いつも、優しくしてくれた。 寂しいときは、そばにいてくれた。 憧れて。大好きになった。 おばあちゃんがいなくなって。本当にひとりきりになった時も、迎えにきてくれた。 怖くて、怖くて、怖くてしかたなかった日。 微笑んでくれた。温かな手をくれた。 大好きだった彼女は、全てになった。 『由梨姉がいるから、大丈夫。』 たぶんずっと、そんな風に思ってた。 そう思う以外、どうしたらいいかわからなかったから。 ただ・・・ひとりきりだと、思いたくなかった。 5月が終わり、6月の雨が静かに降った日。 約束どおりホテルへと戻っていた由梨姉から、結婚の言葉を聞いた。 ただ、頷くのが精一杯で。 上手く笑えていたかもわからない。 おめでとうも、言えていない。 三ヶ月後には、彼女は行ってしまう。 それでも・・・クビを取り消すことができて、よかったと思ってる。 ホテルの人たちに囲まれて。温かな祝福を受けて。 残された期間も、精一杯働きたいと輝いた瞳で微笑んでる。 それが、由梨姉の幸せに少しでも繋がっていると思うから・・・。 一人ホテルのロビーをぬけて、玄関先で足を止めた。 グレーの空には、静かな雨。 見上げても、青い空は見えない。 大丈夫・・・は、ちょっと思えそうにないけど。 頑張ろうって、思うことにする。 これからは、一人でも、歩いていけるように−−− 『本当はさ。わかってるんだ。 大げさだって。弱虫だって。 同じ境遇の人は沢山いる。もっと大変な人だっている。 でもさ、でも・・・・・・ やっぱり、ひとりは、怖いんだ・・・』 傘を片手に遠ざかっていく奏の背中を、久我はひっそりと見送っていた。 「・・・・・・・・・」 ふっと視界の隅に人の姿が入り込んできて、チラリと視線を送れば。 ふわりと揺れる長い髪。 ついさきほどまで、確かに祝福の輪の中にいたはずの彼女の顔に、笑顔はなかった。 「・・・何か言ってやらなくてよかったのか」 「私に・・・言う資格なんてありませんから」 呟いて、悲しげに微笑んでみせる。 それは気持ちに答えられないからか。 抱える気持ちを知っていながら、あの場に奏を加えたことか・・・。 一瞬、久我の視線が険しくなる。 わざわざ奏を呼び寄せたかと思えば。 真中由梨は平気で口を開き、無神経にも笑顔を浮かべ、凍りつく奏を見てみぬふりをしてみせた。 何故、そんな残酷ともいえることをしたのかと問おうとして、けれど久我は口を開くのを止めた。 視線の先にある悲しげな横顔には、何か別のものを潜めている気がして。 自分が立ち入ることも、それはやはり無神経な気がして、久我はただ訝しげに眉を顰めるのだった。 『・・・あの子が、欲しかったもの。 本当に欲しかったものを、私は見てみぬふりをして与えることをしなかった。 あの子に与えることが出来たはずなのに・・・。 私は一番簡単で、一番中途半端にしかならないことしかしなかった。 知らなかったの。 中途半端な優しさが、傷を深くすることがあるなんて・・・。 ううん。 あの頃の私には、心の傷がどんなものかも、わかっていなかった・・・。』 ---NEXT |