いつも、優しくしてくれた。そばにいてくれた。 だから・・・好きだった・・・。 片思いでもいい。気持ちは違っていても、好きでいてくれるならよかった。 そばにいてくれるなら、それでよかった。 でも・・・遠くへ行ってしまったら? いなくなってしまったら、 一人に、なってしまうんだ・・・。 ひとりきりに・・・なってしまう・・・。 結局は、そんなことを考えてる。 そんな自分が悔しかった。 でも・・・怖いんだ、由梨姉・・・。 怖くて。 ひとりになるのが、怖くて・・・。 心の奥底から湧き上がってくる恐怖に震えて、堰を切ったように泣き出し、奏は彼女の名前を呼んだ。 「・・・ふっ・・・う・・・ゆ、り・・・ねえっ・・・」 口元を手で覆って、もう泣き止むことはできそうになかった。 けれど震える身体はその直後、強い何かに引き寄せられることになった。 隠そうとしていた腕を顔から引き離すように捕まれ、カタカタと震えるその背中に腕が回る。 「っ・・・?」 涙が溢れる瞳でまじかに現れた顔を見やれば、やけに苦々しい顔をしていた。 眉を寄せ、心底嫌なものを見せられたというような鋭く冷たい目をしていて。 瞳いっぱいに涙を浮かべて見上げていれば、高村が低い声を上げた。 「泣き顔はいいものだが、ずいぶんと気に入らないことを口にするな・・・?」 「?」 なんのことだかさっぱりわからない。 後頭部から首にかけてを手で押され、ぐっと顔が近づいていく。 何かが唇に触れて、一瞬思考が停止しそうになった。 それがキスをされたと気づくのには時間がかかって。 「な、に・・・んっ?・・・んんっ!?!?」 自由になった口を思わず開いて言葉を吐いたその時を、高村は見逃すことはなかった。 すかさず口を塞がれて、ぬるりと舌が口内へと入り込む。 その感覚に思わず目を瞑れば、なおも深く口付けられる。 「ん・・・んんっ・・・・・」 高村の舌は容赦なく奏の口の中を犯した。 離れようとどんなにもがいても後頭部を押さえる手と腰を抱きこむ力は強くて、細い奏には腕さえも押し返すことができなかった。 舌を絡めとられ、しだいに濡れたような音が耳に響いて。 「・・・ぁ・・・っ・・・」 やっと唇を開放された時には、くたりと力なく高村の胸にしがみつくしかできなかった。 なにが起きたって? 息苦しさに肩で息をしながら、奏は困惑してしまった。 「・・・っ・・・や、や、めっ・・・・・・」 顎を持ち上げられ、再び顔が寄せられると慌てて顔を背けた。 ふるりと顔を振れば溜まった涙がぽろりと流れて、 「・・・こういったキスは、はじめてか?」 「ひぎゃあっ!?」 目元をぺろりと舐められて、奏は悲鳴に近い妙な声を思わず上げてしまった。 ぞわぁっと全身の毛が一気に逆立つような感覚に力いっぱい腕から逃れようとする。 「はっはなせっ!」 ジタバタと暴れまくって力が緩まった瞬間、奏は素早く高村から離れた。 途中、何故か足に力が入らなくて、こけそうになりながらもなんとかドアの前まで逃げ出せた。 このまま逃げるわけにはいかないとわかっていても。ドアノブに手を伸ばすことを自分で止めることなどできない。 けれど、背後から掛けられた言葉に。ドアノブに掛けられた手を動かすことはできなかった。 「あの女を、ホテルに戻してやってもいい」 その言葉は、脅迫めいていて。 けれど、突っ返すには、あまりに自分が無力なことを思い知っていた。 やっぱり最低で最悪だっ。 動かすことができなくなってしまったドアノブを握り締めたまま、奏は背後にいる男をこれでもかと睨んだ。 由梨姉からホテルを奪って。人の大事な初めてのキスまで奪って。 それでも足りずに、ずっと大切にしていた気持ちまで奪い取ろうとする。 本当に、酷すぎる。 幼稚でちっぽけな感情と正義感だと言われて、結局お前にはそれしかないのだと追い討ちまでかけるのだから・・・。 「・・・本当に由梨姉を戻してくれるのか?」 「ああ」 睨みながら問いかければ、高村は小さく頷いて。 それを確認してから、奏は俯いてドアに身体を預けた。 それならいいかと、少しだけ開き直ることにしようと思った。 幼稚で、ちっぽけだけど。彼女のためになるなら、それでもいいと。 大切なのは本当だから。守ることに、変わりはないから。 今はまだ他のことは考えないようにしよう。 好きだった。 大好きだった。 由梨姉が幸せなら・・・、 そう、思うようにしよう。 そっと床を見つめながら、自嘲的に微笑む。 笑みを溢した次の瞬間には、いつの間にそばに近づいていたのか。 高村の腕が伸びてきて、抱きしめられるのと同時に低い声で囁かれた。 「ただしお前が、俺のものになるなら、な・・・」 引き寄せられ、覆いかぶさるように抱き込んできたその腕は、奏の身体に絡みつくようで。 逃がしはしないと、いっているようだった・・・。 ただ、面白いオモチャだと思っていた。 威勢のいいネコのようで。 少し釣り上がった大きな瞳があまりに真っ直ぐで・・・そして、あまりに純粋で。 大粒の涙を流す様を見た瞬間、気がついたのだ。 その瞳が自分を映さないことが。自分じゃないものを映していることが、許せなかった。 すぐそばにいる自分さえ、見ることのないその瞳を壊してしまいたかった。 怖がらせて、脅えさせて。追い詰めてでも。 自分のことで何もかも支配してしまいたかった。 悪趣味で、ひどく大人気ないだろう。 見ることも、想うことも許せないと思いながら。 その存在を利用することに躊躇いはないのだから。 だが、手に入るなら、何でもいい。 腕の中に置いておけば、壊すことは、容易いのだから・・・−−−−。 第一話 出会い 終 ⇒第二話 はじまり ---TOP |