「スイカ」 ある夏の日。 「・・・・・・・?」 拓はアパートの前で、一人の男を見かけていた。 アパートの窓を見上げて仁王立ちしていたり。並んだ郵便受けの前で腕を組んだり。 はっきりいって怪しい。 どことなく恐い雰囲気の男だったが、拓に恐怖心はあまりない。 なんでもないかもしれないのに、警察に通報されるのも嫌だよね・・・。そう思って、拓は声をかけることにした。 「・・・あの?」 「あ゛!?」 不機嫌をあらわにして、男は振り向いた。 180cmくらいの長身に、髪は夏らしくさっぱりと短い。 そして機嫌の悪い時の隼人以上に目つきが悪い。歳は隼人と同じぐらいだろう。 「ここに住んでる人にご用ですか?」 「・・・・・・・・・・」 男は「なんだテメー」という感じで眉を顰める。 「・・・ここに住んでる奴か?」 「はい」 「なら矢吹って奴しってんな?」 「え?」 思わず、きょとんとした。 そして気づく。 そういえば、隼人兄と年齢的にも同じくらいだ。 「隼人兄の友達?」 隼人の名前を口にした拓に、男の視線が鋭くなる。 「・・・にい?・・・てこたーあいつの弟・・・」 独り言のように呟き、そして口の端を微かに吊り上げて、拓を見下ろした。 「ちょっと付き合ってもらおうか」 男はそう言うと、拓の口を手で塞ぎ、そのまま早足で歩き出した。 (??) きょとんっとしたまま、拓はただ静かにズルズルと引き摺られていくのだった。 そして拓が怪しい男に連れ去られている頃、隼人は久美子と近くのデパートにいた。 一階の売り場。 右には鞄コーナー。左には靴コーナー。 「かばんが先だっ!」 「靴が先だっていってんだろっ!!」 ギッと睨み合う二人の姿がある。 通路の真ん中で、迷惑極まりない。 不機嫌オーラをフロア中に充満させ、遠巻きに見ている他の客は一斉に思った。 別々にみりゃいいじゃん・・・。 だが、そこは久美子溺愛しすぎな隼人。別々に見るなんて、冗談じゃねー!である。 鞄コーナーに行こうとする久美子の腕を離そうとはしない。 ならば彼女に合わせてやりゃいいじゃん・・・と、思うのだが。 それはそれで、嫌らしい。 久美子も久美子で一度決めたら、なかなか折れない。 まあ二人とも、下手に出れない性格なのだろう。 「お前の靴はべつに今すぐ買うもんじゃないじゃないかっ!私のかばんは底が破けて使えねーんだっ! 鞄を先に見るのが当たり前だろっ!!」 「そんなのどーせ買うんだから一緒じゃねーかっ!!靴は買うかどうかわかんねーんだから、先に靴見た方が 荷物がなくていいだろーがっ!!」 「そんなこと言ってたって、いつも買うじゃねーかっ!靴よりかばんの方が軽いんだから、かばんが先だっ!!」 「わかんねーだろっ!!そんなのっ!!」 あまりに下らない言い争いをしているバカップル二人を、まわりの誰もが「ほっとこ・・・」と呆れた溜息を ついた時、隼人の携帯が鳴った。 「あ゛?んだよっ!」 ポケットに入っていた携帯を乱暴に取り出し、久美子の癖がうつっているのか、ろくに相手も確認せずに携帯に出た。 「あ゛あ゛っ!?・・・って、なんだ・・・どうした?」 ドスの利いた声で出たと思ったら、ころっと口調が素に戻る。 「?」 久美子もさっきまであんなに怒鳴ってたというのに、何事もなかったかのように首を傾げている。 「あ?俺に用事?・・・ああ・・・で?お前、今どこにいんだ?」 「もしかして弟君か?!」 隼人の話し方から、なんとなくわかった久美子は、「代われ」と嬉しそうに携帯に手を伸ばす。 その手を掴むと、隼人の耳にとんでもない言葉が聞こえてきた。 「路地裏っ!?!?」 表情が一瞬にして強張る。 そして久美子の腕を引っ張って、隼人は走り出した。 「え?おいっ!!なんだよっ弟君どうかしたのかっ!?」 「拉致されたんだよっ!!!」 「なんだってっ!?!?」 こうして二人は、最後に尋常じゃない言葉を残し、デパートを去っていくのだった。 どこまでも傍迷惑なバカップルである。 続く・・・。2は、こちら |