「−−−−拓っ!」


ちょうど近くに貼られていた映画のポスターを眺めながら、隼人を待っていた拓は振り向いた。


早足で向かってくる隼人の少し後ろには、腕を引かれて無理やり歩かされている久美子の姿があったが、
ソフトクリームを落とさないようにと一生懸命な彼女は拓の存在にはまだ気づかない。


「悪いな」


「僕のことはいいけど・・・・・」


謝る相手間違えてるよ・・・と、引っ張られてる久美子を心配そうに見やった。


ようやくソフトクリームの安全を確保できらしい久美子は、ホッと息をつくと隼人を見上げて怒鳴る。


「矢吹っ!危ないだろーがっ!私の大事なソフトクリームが落ちたらどうしてっ・・・て・・・ん?」


睨みつけた視界の隅に、やっと拓の存在を見つけたらしい。


久美子は怒りを忘れて首を傾げた。


「・・・・・・・どなた?」


まるで家の庭にいつのまにやら入ってきたお客さんを、不思議そうに向かい入れる若奥さんのよう・・・


と、心の中で例えたというか妄想したのは、間違いなく隼人だ。


本当は。


「・・・・・・・誰?」


である。








「お、おとうと・・・さん・・・」


はへーっと驚いたような、信じられないような顔で見つめてくる久美子に、拓は苦笑いを浮かべた。


(なんか・・・いろんな意味で忙しそうな人みたい・・・・・・)


拓の久美子にたいする第一印象は、そんな感じだ。


兄に無理やり引っ張られたり。ソフトクリームを一生懸命守ったり。


怒鳴ったり。キョトンとしたり。驚いたり。


あまり感情の起伏がない拓からすれば、余計に忙しく見えた。


一方。


(そういえば矢吹の親父さんが言ってたな・・・。・・・そ、それにしても・・・)


雰囲気からして似てねー・・・。


矢吹父の姿を思い出した久美子は、自然と隣の隼人へと視線を移し。


「お前、やっぱり親父さん似だな・・・」


しみじみと呟いた。


その言葉に、隼人の機嫌がもろに下がったのは言うまでもないが、


彼の気に食わない出来事は・・・それだけでは済まされなかった。





「あの・・・」


「は、はい?」


久美子は少し緊張気味らしい。


「ソフトクリーム・・・食べたほうが・・・・・・」


「・・・え?・・・・・・ああっ!!」


すっかり忘れてた。


拓が気づいてくれたおかげで、まだ大丈夫。


「よかったですね」


慌ててソフトクリームの先を口に含む久美子に、拓は安心したように笑った。


無理やり引っ張られながらも、あんなに一生懸命守ったのだから。


そんな彼の優しさを感じてか。


「なっなんていい子っ!!」


久美子は、もろに感激した。


気性が荒くて喧嘩っ早くて。キレやすいあの家族の中にっ!


こんな優しい子がいるなんて信じられないっ!!


物が飛び交い、罵声が飛び交い、そんな中で、この子は懸命に生きているっ!


ちょっと大げさな想像をしてるらしい久美子の瞳には涙が・・・。


(・・・また馬鹿なこと考えてやがんな、こいつ・・・)


呆れた隼人が思わず掴んでいた手の力を抜くと、久美子は眼鏡を取って涙を拭った。


「拓君っ!!」


「はい・・・?」


「懸命に生きてる君に、このとびっりき美味しいソフトクリームをあげようじゃないかっ!!」


びしっと、溢れんばかりの感動とともにソフトクリームを拓の前へと差し出した。


「・・・え・・・あの・・・」


突然の行動に拓が困惑していると・・。


がっ!と久美子の腕を隼人が掴んだ。


ぐいっと引き寄せる。


「−−−ちょっ・・・なにすっ」


「あ゛ぁ゛っ!?」


思わずむっとする久美子だったが、それ以上に隼人がキレていた。


(なっ・・・なんだっ?!なっなんでいきなりキレてんだっこいつはっ!?)


目は据わり、掴まれた腕はギリギリと音をたて・・・。


隼人のキレる原因はいまいちわからない久美子だが、キレてる時のやばさは知っている。


「ど・・・どうした・・・?」


途端に不安げな顔をする久美子に、隼人はいつものように苛立ちを吐き出そうとした。


これは俺のだっ!


そう言いそうになりながらも。隼人は、口を噤んだ。


心配げな拓の存在がそこにはあったから。


激しい嫉妬を必死で堪えて・・・。


「・・・食いかけのもんなんかやってんじゃねーよ・・・」


咄嗟に浮かんだ理由で、その場を誤魔化した。





「たっ、確かにっ!」


「えっ・・・あの・・・」


ちょっと持ってろ!と自分の分を隼人に持たせて買いに走る久美子を拓は止めようとしたけれど、
隼人がそれを遮った。


「好きにさせとけ・・・」


いつもより暗い声に、拓は困った顔で隼人を見やる。


走っていく久美子の背中を見つめる横顔は、必死でなにかを押し殺しているようで・・・。


理由を言った時も。彼女の腕を離した時も。


同じ顔をしてた。


本当は、どうしたかったのか。よくわかってる。



「・・・言えばいいのに」



本当のことを、言えばいいのに。


自分の存在が邪魔をしたのもわかってる。


気遣ってくれるのも、わかってる。


気にしなくていいよっていっても、何でもない顔で自然なことのようにしてくれてた。


でも、今・・・凄く無理してるのもわかってる。



「我慢されて一緒にいるのは、辛いだけだよ・・・」



当たり前のようにしてきたことが出来ないのは。


無理やり押し殺してしまうのは。


大切だから。特別だから。


気遣ってくれるのは嬉しいけど。


それを殺してまで、してほしいとは思わない。


押し殺しては、ほしくない。


「きっと・・・あの人もそう思うよ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


道路の向こう側にいる久美子に視線を向けた拓を、隼人は驚いたように見やった。


思いもしなかった言葉がなにかを砕いて・・・。


隼人は、諦めたように溜息をつく。


「・・・あいつが言うとおり・・・お前っていい子だよな」


「・・・そうかな?」


首を傾げる拓に、隼人は苦笑いを浮かべながら手に持っていたソフトクリームを一口食べた。


甘くて冷たい。久美子が一口だけ食べたもの。


それを誰かに奪われるのが、どうしても許せなかった。


久美子が「拓」と呼んだことさえ。癇に障った。


相手が弟だったとしても。我慢できなかった。


嫉妬。苛立ち。


そんな気持ちも全部。こいつにはお見通しなのだ。


兄としてのプライド以上に・・・久美子への想いがあることも。


兄として、無理してやってたことは一度もない。


大切だと思ってるし。気にかけることも面倒だとは思わない。


あまり一緒にいることはないけど。だから、いるときだけは拓を優先にしてた。


それが当たり前だった。


だけどその当たり前のことが・・・久美子の前では出来ない。



駆け出してしまった時点で。


久美子の姿を見つけた時点で。


兄としての自分は、もう・・・なかったのだ。



片手にソフトクリームを持って信号待ちをしてる久美子を見つめながら、
隼人は吹っ切れたような顔で言った。


「これも、あいつも、俺のだからな」


「うん」


結構熱いことを言ったと思うのだが、拓は実にあっさりと、頷いた。








特別なんだよね。



「−−−−はいっ!」


「ありがとうございますっ」


笑顔の久美子から、拓は嬉しそうにソフトクリームを受け取った。


優しい笑顔。それだけで、心が暖かいから。



「矢吹っ!!お前一口っていったじゃねーかっ!!」


「ケチなこといってんじゃねーよっ!」



ソフトクリームを奪い合っている二人の姿を眺めながら、拓は幸せそうに微笑んだ。



うん。やっぱり、このほうがいい。


押し殺すよりも。我慢するよりも。


ずっと、幸せ。





2終  3 へ


あとがき


えっとまだ続いてます・・・。

とにかく拓君が好きですっ。ほとんど自分でこんな感じの子って作ってるので
当たり前なんでしょうが、好きです。

密かに設定とかも作っちゃってたり・・・。

隼クミはどうしたって感じですが、3はもっと隼クミが出てくると思いますのでっ。